松田酒店
2020/05/21
- ポートタウン
個人商店だからできるサービス、築ける繋がり
「松田酒店」店主 松田英樹さんインタビュー
丸亀のみなと街で50年以上続く酒屋、松田酒店。種類豊富なお酒のラインナップが印象的なこのお店、このスタイルになったのは3代目の店主・松田英樹さんが切り盛りするようになってからとのことです。
松田さんは「うちだから出来る事」を大事に、この街で美味しいお酒に触れるきっかけを長年提供されてきたといいます。そんな松田さんにご自身の活動のことや、この街への思いについてお話を伺いました。
ディスカウントショップの登場。ピンチをチャンスに
松田酒店さんはこのエリアではかなり歴史が長いように思います。松田さんご自身は何代目になりますか?
3代目です。
3代目。では開業してからでいうと何年くらいになりますか?
もう50年超えましたかね。
おじい様の代からということですよね?開業のきっかけは何だったか聞いてますか?
昔うちのおじいさんが金陵(西野金陵株式会社・琴平町)の金毘羅支店の支店長をしよったんですよ。それで免許を取って、自分で酒屋を始めました。そこに婿養子に入ったのが、うちの父です。
では代々もうここで。
そうそう、ここで生まれて、ここで育って……ずっとここですね。
で、松田さんが継がれたのはいつ頃ですか?
昭和57年です。25歳の時に始めて、今年で38年目です。もうそんな年になってしまいました。大阪の酒類問屋に3年ほど勤めてたんですが、母が急死して「帰ってこい」と。既に当時、妻とはお付き合いしてたので、結婚して、大阪から香川に戻ってきました。
香川に戻って38年。ご苦労もあったかと思いますが、印象的だった出来事など、ご自身が切り盛りされるようになってからのお話を教えてください。
うちは当時、缶ビールや瓶ビールなんかを揃えた、いわゆる街の普通の酒屋さんだったんですよ。もちろん、他のお酒もありましたが。昔は缶ビール6本買って帰ったりとか、ワンカップとつまみ買って帰ったりとか、そういうお客様も多かったです。あとは立ち飲みもしてたので、1杯引っ掛けていく人もいましたね。
ところがある時、あちこちでお酒のディスカウントができてきて、どこでもお酒が買えるようになってね。ここからすぐそこの遊食房屋さんのところにもスーパーが出来ました。そしたらお客さんは当然そっちへ。
それで商品の差別化が必要だろう……と。スーパーでは買えないような、日本酒・ワイン・焼酎・ウィスキーのような専門性を帯びた商品を取り扱うようにしないといかんなと思うようになりました。大阪の酒類問屋にも勤めてたので、大阪の酒屋さんも何件か知ってるところはあって、そういう所を訪ねましたね。そこからヒントを得ながら、少しずつ商品を揃えていきました。
それで、今これだけのお酒の種類が揃ってるんですね。大体何種類くらいのお酒を扱ってますか?
ざっと1,000アイテムくらいは常時あるんじゃないですかね。
1,000! 覚えるのも大変そうです。お店の方向性を変えてから、お客様の流れは戻ってきましたか?
昔はいわゆる食卓に並ぶお酒を買いにくるお客様が多かったから、夕方なんかはバタバタ忙しかったんですが、今はもうそんなことはないですね。缶ビールはスーパーで買って、あと何かの時にちょっといいワインや、日本酒を……ということで買いに来るような感じで、お客様自体がお店と商品の使い分けをするようになりました。あとは、これだけ種類があるので、ギフトを選びに来る方も多いですね。
美味しいお酒を広めたい。そのためのきっかけ作り
私お酒は好きなんですが、そこまで詳しくはなくて……こういうアイテムがたくさんあるお店に来ると、心が躍る一方で、何買ったらいいのか全く分かりません。
(笑)そうですよね。そういうお客様は多いと思います。ディスカウントショップとか私たちなんかの店もそうですけど、種類ありすぎて何がいいか分からないですよね。当然だと思います。
ただ、私たちみたいな町の酒屋だと、お客の好みやどういうシチュエーションで飲むのかとか、どんな料理に合わせるのかとかね、そういった会話の中で選んでいくことが出来るから。お客様にとってもお酒のことを色々知るきっかけにはなりますよね。うちの規模だからできる良さかなとは思いますね。
これは何ですか? さぬき絆笑会(ばんしょうかい)?
これですか? この会は、日本名門酒会っていうグループが全国にあるんですけど、そこの香川県の加盟店の有志で作った会なんです。この会でお酒の楽しさを広めるためにいろいろ活動をしようって言って起ち上げました。この間は蔵元さんで仕込み体験をしてね、みんなでタンクのある2階へお米を運んだり、櫂入れ作業をしたりして、最後はウナギの名店大正軒(高知県高岡郡)でウナギを食べながら宴会です(笑)
楽しそうですね!
今度一緒に行きますか?
え! いいんですか? 行きたいです。会員でもなんでもない、一般ですが……
いやいや、一般のお客様集めてやってるんですよ。一般の方を集めて、年に6回お酒に触れ合えるきっかけ作りを。5月は田植えです。
どんな方が参加されていますか?
若い方とか、ファミリーさんとかね。いろんな方がいます。蔵元に行ったり、仕込み体験をしたりっていうのは、普通に生活してると出来ない経験だと思うんです。でもそれをきっかけにお酒に興味を持ってもらったり、工程や手間を知ってもらえたりするといいなと。
こうやってね、1年を通して、絆笑会の活動に参加してもらいながら作ったオリジナルのお酒に、ラベルを貼るんですけど、参加者の名前が載るんですよ。これも記念になって嬉しいみたいです。これは昨年のですね。
すごいですね! 仕込みと田植えの他にはどういった活動がありますか?
昨年は、2月が仕込み、5月は地引網、6月は田植え、7月は七夕の会、10月は稲刈り、11月はホテルで蔵元さん10蔵集まってのお酒の会の会、と年間で6回開催しました。
それと別に私単独で、ボジョレヌーボーの解禁の会をフレンチレストラン等でやったり、蔵元を囲む会を開催したりしてますね。
SNSで投稿してるので、良かったら見てみてください。
世代を超えて、つながり、集える街に
学生時代の一時を除いて、およそ60年弱、この街で過ごされてるわけですが、松田さんはこの街のどういうところが好きですか?
好きなところ……難しいね。私にとっては生活の拠点でしょ、しかも日中は配達でここを空けてることなんかも多いから、気づきにくいよね。妻なんかは、駅も近いし買い物も別に困らないんじゃないですかね。
逆に改善が必要と感じてるところはありますか?
やっぱり高齢化かな。若い人が本当にどんどん減っていってるからね……私たち世代の子供たちね、当時たくさんいましたけど、大学で地元出たら、そのまま就職して帰ってこない人多いですよね。
誰か1人でもリーダーシップとって、街を良くしようっていう気概のある若者がいてくれたらね。そこがなんか閉鎖的というか、活動しようとか、何かやろうって活発に動ける人は少ない印象かな。
閉鎖的というのは?
保守的というか……県民性もあるだろうし、市民性もあるだろうね。人間って特に商売してると、変化というか、変わることで指差されたり、見られたり……やっぱり怖いじゃないですか。そういうのはあるのかなと思いますね。
まぁでも、MIROCBEER(北平山町)さんやLantern Bar(通町)さんみたいな人も増えてきて……若い人が入ってきてくれるのは本当に嬉しいですね。
このお店は松田さんの後はどうするんでしょうか?
多分ないでしょうね。私の代で終わりかな。
そうですか、では今後はどのように考えてるんですか?
今後も何も、もう体力も気力もね……63ですから。あと5年か6年か……
そうなんですね。例えばもし「私やります!」っていう人が現れたらどうしますか?
それはもう、いたらねぇ、考えますよ。
いや、時代だけでなくて、酒屋の魅力を伝えきれなかった私の責任もあるとは思うんです。
たまたまうちは酒屋だけど、昔は魚屋さん、八百屋さんってここで商売しながら暮らしてる人がいてね、で、他所から丸亀劇場に来る人がいて、むちゃくちゃ賑わってたっていうわけではないけど、程よく繋がりや交流があって、人情味がありました。そういうのが無くなるのは寂しいなと思います。
せっかく神社(玉積神社・西平山町)も近くにあるので、もっともっと人が増えてね、地元の神様を守りながら、いろんな人が繋がって集うような街になってもらいたいとは思いますね。
今回の取材にあたり、「あそこは行った? 若い子が頑張ってるわ」「あのお店はエリアに入ってるんかな?」「ここはどう? ここも長い、昔からあるよ」とたくさんの取材先の提案をしてくれた松田さん。
この街で働く人を応援したい気持ちをものすごく感じました。このようにして、この街で暮らしたり働いたりする人が繋がりながら、街が盛り上がっていく事に期待したいと思います!ご協力ありがとうございました。
