麺処 綿谷うどん (Udon restaurant WATAYA)
2020/03/29
- ポートタウン
「この町はこのままでいい」
「麺所 綿谷」岡﨑泰子さん インタビュー
お昼時になると行列をなす人の姿が印象的な、麺所綿谷さん。肉ぶっかけで有名なこちらのお店は、1997年にオープンし、先代から受け継がれる味を今日も毎日提供しています。この町でうどん屋をスタートさせたご両親の背中を追うように、3年前に代をご主人と引き継がれた岡﨑泰子さん。人生のほとんどの時間を丸亀のみなとまちで過ごされてきた岡﨑さんにお話を伺いました。
うどん屋は先代のセカンドビジネスからスタートした
ご自身がこちらで働くようになったきっかけについて教えてください。
この店は元々私の両親が先代で、3年前に夫と一緒に代を替わりました。働き出してからだと11年ですね。
きっかけは結婚です。それまでOLをしていたんですが、帰る時間が遅かったので、家庭との両立ができるのかな・・・・・・っていうのが自分の中にあって。逆に、うどん屋は母が働いているのをずっと見てきたので、「じゃぁやるわ」くらいの感じですんなりと始められました。
ご主人も同じタイミングで始められたんですか?
私の方が少し先に親と一緒にやっていましたが、夫もきっかけは結婚です。「将来的にはこのお店は私たちで・・・・・・」ということで、夫も退職して一緒にここで働くようになりました。
オープン当初はどんな感じでしたか?まだ一緒にされる前とは思いますが、分かる範囲で教えてください。
宣伝も何もせずにオープンしたので、最初は1日に10人来るかどうかくらいで、ずっとやってましたね。
その後「うどん遍路」(RNC西日本放送)にテレビ出演させて頂く機会があって、そしたら放送があった次の週末以降、一気にお客様が増えたんですよね。当時は席数が40席くらいだったんですが、店内もすぐいっぱいになるし、外は並んでるしでどうにもならなくなって。それで、勤務先の上司に相談して、一時期OLをしながら、昼休みは自宅でうどん屋を手伝って、ピークが過ぎたらまた会社に戻るみたいな生活をしていました(笑)
めちゃくちゃタフですね!
いやいや・・・・・・もう、本当いきなり忙しくなったんですよ。かといって直ぐに新しい従業員さんを雇うと言っても、それなりに時間がかかるので。なので、上司が理解してくれたのは有り難かったですね。
「こんなにお客さん来るわけないやん」から始まった2店舗目
西平山から、こちらの北平山に移ることになるわけですが、きっかけはやはりお客様が増えたことですか?
そうですね。手狭になってきたのもあったし、これはお客様にも近隣の方にも迷惑になるなと、場所を探し始めました。そしたら、ちょうどタイミング良く鉄道興業さんが「ここでやらんか?」と声をかけてくださって。
ここは元々倉庫だったんです。この辺りはまだ当時飲食店もほとんどなくて、今の遊食房屋さんの場所はスーパーがあったんですが、スーパーまでは来ても、1本筋入れば誰も歩いてないっていう感じでした。加えて倉庫が大きかったので、最初見たときは「こんなに広いところ・・・・・・こんなにお客さん来るわけないやん・・・・・・」ってなりました。
ってなったんですけど、「まぁ広さは何倍にもなるけど、やってみるか」という感じになって。
では、ある種チャレンジ的なところがあったと・・・・・・
チャレンジです。今このお店が130席あるんですが、当時の40席からだと、3倍と少し? みたいな感じですからね。もうチャレンジしかありませんでした。
他の場所での出店は検討されなかったんですか?
それは無かったですね。当時西平山で営業していたので、お客様も周辺の方がいましたし、自宅からの距離もあったので、他の場所で・・・・・・という考えは全く無かったです。
実際にオープンしてお客様の入りはどうでしたか?
西平山の頃に来てくれていたお客様が足を運んでくれたので、お昼はこの辺りも人が通るようになって、そしたら徐々に増えていきました。
一方で、お店の外が並んでいるお客様で混雑したり、今ほど駐車場の準備もなかったので路上駐車もあったりして、ご近所の方にはかなりご迷惑をおかけしました。1年くらいしたら、駐車場などの環境も整ってきて、落ち着いてきたように思いますが。
ご近所の方は混雑する時間を避けて来店してくれるんですね。なので、こちらもまだバタバタしてないですし、そういう時に話したりしながら少しずつ関係性が出来ていったように思います。昼間は車で駐車場が埋まるんですが、朝はお店の前に自転車が並ぶんですよ。
難しいからこそ現状維持を
3年前にご主人と代替わりされて、今後のお二人の展望はどのように描いてますか?
現状維持です!広げることも無いと思いますね。
ズバっと言い切りましたね(笑)それはなぜですか?
当たり前ですが、代が替わって、自分の考え方や店での感じ方が変わってきました。これまでなら、ぶちあたらなかったことでも、今は「あれ? これは問題視しないといけないことかな?」と立ち止まることは多くなったように思います。
なので、広げようと思って取り組んで、ちょうど現状維持されるような感じだと思うんです。難しいからこそ現状維持でずっといけたら私は一番幸せです。
なるほど。そのように思われるきっかけがあったんですか?
きっかけというわけではないんですが、一時期、テレビでお店を紹介してくれるような番組に多数出演していた時期があったんです。そしたら観光客でお店が賑わうようになりました。でも一時のことで、いざ日常に戻ったら、青ざめる位お客様が激減していて。それまで来てくださっていたお客様が来なくなっていたんですね。地元のお客様が過ごしにくいお店になっていたんだと思います。あの時は反省しました。以降テレビは全部お断りしていますね。
今はSNSもありますが、あまりそういったものには頼らず、このエリアで日常的に使ってくれるお客様を大事にお店を営業していきたいと思っています。
ありがとうございました。では最後に、この町で育って、結婚されて、今では仕事も子育ても家庭生活も、ほぼ全ての時間をこの町で費やしている岡崎さん、今後この町がどのようになっていくといいなと思いますか?
……
なんかちょっとずつお顔が渋い顔になってきてますが……(汗)
いや、思いますよ、もっと都会に出たら良かったなとか思いますよ。めっちゃ思います。なんで出んかったんやろうって。
でも多分住みやすかったんでしょうね。例えば、大阪とかに遊びに行くってなっても、駅は近いし、電車に乗ったらすぐ岡山着くし。で、新幹線乗ったら1時間半とかで行けるじゃないですか。日帰りでも帰って来られるアクセスの良さは大きかったと思います。生活してて、そんなに困らなかったってことですね。
この町はこのままでいいんじゃないかな……強いて言えば、商店街がもうちょっと元気になってくれたらいいなとは思いますかね。
***
生まれてから数十年という時間をこの港町で過ごされてきた岡﨑さん。岡﨑さんにとってこの町は、それ以上でもそれ以下でもない、ただずっとそこにある存在なんだなと感じました。地域に密着したうどん屋さんとして、時の移ろいと共に少しずつ変わっていく町をこれからも支えていって頂きたいと思いました。応援しています!ありがとうございました。
